仕事が辛いのか。仕事が出来なくて辛いのか。(勉強は苦痛です。)

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自分を苦しめているものが何なのかを考える。

 

勉強が辛い。

いつからそう思うようになったのだろう?

それは最初からです。

ほとんどの人が。

 

いつから辛いのか。

学校のテストでいい点数を取るために覚えなきゃいけないという考えがマイナス思考の始まりです。

なので今の幼児教育はそこを払しょくすることにものすごく力を入れています。

 

出来ないのは当たり前。

だから出来なかった時に怒らない。否定しない。

出来た時に目一杯ほめる。

 

これを徹底します。

出来なかった時に眉間にしわを寄せることも禁止です。

とにかく否定してはいけないのです。

 

チャレンジして成功したら喜んでもらえるから楽しい。

失敗は成功のもと。

 

これを幼児教育の初期段階から取り入れて、勉強は楽しいというチャレンジ系の遊びにします。

 

ものすごく難しいです。

親が(笑)

しかし、これをやっておかないと後の学習態度が大きく変わるのです。

勉強への向き合い方がまったく違ったものになります。

成功体験の積み重ねにより自信が付いて学習意欲が上がります。

 

出来ないという失意より出来た時の満足感

すべての教育環境において伸ばす教育の効果が認められています。

追い込んで結果を出すのは自分の意思が伴っていることが必要です。

 

与えられた苦痛を乗り切って身に付くこともありますが、

乗り切れなかった人にとってはただの拷問です。

少なくとも教育の場でふさわしい行為ではないのは明白です。

 

しかし、どの方法を取るにせよ、やるのは自分です。

 

なぜそれをやらなければならないのか?

やれるようになることの意味は?

自分にとって必要なのか?

辛いからやめるの意味を履き違えないで。

 

できないこともできるようになるのが人間の不思議なところです。

自分の能力を少し信じてみましょう。

出来るようになりたいと思う気持ちを強くして、努力してみましょう。

昨日の自分より今日の自分の方ができるようになってる!

なんて思うことはありません。

思うことはないのですが、たまにあります。

あ、できた。

とか

お、わかった。

という瞬間です。

そういうほんのわずかな瞬間の積み重ねが大事です。

その瞬間こそが成功体験です。

そこにたどり着くまでの時間、労力は個人差があります。

絶望するのほどの個人差です。

 

まわりの協力は思ったほど効果がありません。

大事なのは自分です。

1日、2日じゃ違いは出ないでしょう。

1週間、2週間でも変わらないかもしれません。

でもそれが1か月、2か月、1年、2年経てばどうでしょう?

進まない人はいません。

それが人間の持って生まれた能力なのですから。

やればできる。

 

出来ない、わからない自分が嫌になる

 

人は劣等感の生き物です。

マイナス思考の塊です。

 

私のマイナス思考の原体験は、まず体育会系の部活です。

1年先輩なだけでやたら上手に見えました。

実際、雲泥の差の技術があったわけですが…

なぜ自分はうまく出来ないのか。

うまく出来るようになれるのか。

まったく自信のないまま、とんでもないシゴキに耐える毎日でした(笑)

ただ途中で投げ出すのが嫌だというわけのわからないプライドで続けただけです。

運よく乗り切ったパターンです。

乗り切ったので「辛いことを乗り越えられた」という成功体験となっています。

まるで軍隊のようですね。

今思えば一般人に必要な体験でもありません。

 

次に思いつくのは自動車教習所です。

街中でおばさんが普通に運転しているのを見てうまく運転できないことを自己嫌悪しました。

それと同時に、

「出来ないでどうする!」

「出来ないわけない!」

「出来るようになれ、自分!」

と、思ったことを思い出します。

教習所はほとんどの方がご存知の通り、習熟する前に合格、終了ということで放り出されるので達成しやすい成功体験でした。

 

そして就職。

テンキーで素早く数字を打ち込むことが必要だったのですが、うまくできません。

この素早くというのを伝えるのが難しいのですが、モニターをパッとみてダダダダと7~8ケタの数字を打ち込む必要がありました。

これが出来ない。

スーパーのレジ打ちのパートのおばちゃんが出来るんだから自分にだってできるはずだ!

そんな鬱屈した思いで習熟していきました…

 

なかなか良くない例です(笑)

劣等感と自尊心の見事なまでに醜い融合です。

必要なのは「がんばれば自分にはできるはず」という思いだけですね。

「自分にはできるはず」では足りません。

「がんばれば」というところが大事です。

 

最近テレビのインタビューを見ていて気になるのは

冒頭で「自分なりに」と言う人の多いことです。

「自分なりにがんばって」

「自分なりに思って」

「自分なりに満足できる結果だったので」

 

聞かされる周りはの人は「はあ?」ということも多いのですよ。

言ってる本人は深く考えていないのでしょう。

結果が出ていない「自分なり」はただの自己満足です。

さらに、他人の拒絶です。

助言もお手本も無く、自分一人のものという意味に取れる言葉です。

独りよがりと受け取られかねません。

どう思うかより、どう思われるかを考える必要があります。

 

結果が出なかった時の「自分なりに努力した」は、心の中に留めておきましょう。

それは自分で言うべき言葉ではありません。

周りが他人を評価する時に使うものです。

 

仕事では結果が求められます。

「努力したけどダメだった」は上司の判断であり責任です。

本人は結果を出すことを考えて行動し続けるしかありません。

出来ないことを出来るようになるための努力をする。

「自分なり」ではなく、「誰が見ても」努力して結果を出すことが重要です。

努力しているところは見られない方がいいぐらいです。

「自分なりに」は「全力で」に変えましょう。

心の中で。

 

「自分なりに」

自分でリミット決めて誰がどう思おうと関係ないってことです。

公言するなんてかっこ悪いですね。

 

まとめ

できないこと、わからないことを乗り越えるために必要なのは向上心です。

時には反骨心も力になります。

言われてやることほど身にならないものはありません。

 

仕事が辛いと感じている人は原因を探ってみてください。

自分にはどうにもできないものが原因なら避けて通っていいのです。

理不尽なシゴキがある体育会系の部活のように。

そんなものは乗り越えられるのが当たり前ではありません。

戦略的撤退は有効な手段です。

 

それが必要なことで、努力次第で乗り越えられるものだと判断できるなら全力で当たるべきです。

自分なりとか甘いこと言ってないで、誰が見てもがんばってると思えるほどの全力が必要なのです。

辛いのは結果が必要だということです。

全ての努力が報われることはありませんが、全力で頑張る人の努力に結果が伴うことを祈ります。

 

それでもダメなら別の道だっていくらでもありますから安心してください。

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